大塚信頼のブログ


by nobuyori_1
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

恩師・浅野邦章先生

私の憧れだった先生がいる
今でもその先生のことを想うことがある
あれから何度夢に見たことだろう
小学校6年生の担任だった 浅野邦章(あさのくにあき)先生
浅野先生に会いたい、会って話がしたい・・・



私は東京都町田市にある鶴川第三小学校出身
小学6年生の時(昭和58年頃)、他校(どこかの島)から赴任してきた浅野邦章先生が担任となった
この先生は教育に対して真剣だった 
スリムで男前、ジャージも背広も良く似合う、独特な”気迫”を感じさせる先生だった
生徒のことを考え、授業に工夫を凝らし、本気で叱り、本気でほめてくれた 
”本物”の熱血教師だった そうはいない”大物”だった
小学生であった自分にも、私はすごい先生に当たった。自分はなんとラッキーなのだと感じていた
その1年間は特別な1年間だった、毎日学校へ行くのが楽しみだった
先生の担任する教室は、先生がしっかり指導され、平和そのもので、裏でのいじめなどもなく、安心して勉強や学校生活が送られた
先生は男性だけど魅力的でもあった
心の底では浅野先生に好かれたいと思っていた 先生の気を引きたいと一生懸命がんばっていた気がする
でも、あまりに歳も離れているし、近づきたくても近づけない高嶺の花でもあった
だから、自分がもう少し大きくなったら、先生といろんなこと語り合いたいと、そう願っていたのだが・・


私の中学時代にも会いにもいけず、そのまま先生の行方はわからなくなった
そして1995年8月16日のこと,
”ケニアのナイロビで日本人学校の浅野邦章校長(55)が強盗に襲われ射殺される。”
という新聞記事を読んで知った
先生はケニアにいたのか!
ケニアにすむ日本人の子どもたちの教育のために浅野先生は、自ら名乗り身をささげ、そこで殉職したのだった
小学校を卒業してからも何度も夢にまで見た浅野先生。もう会えなくない人となったのだ。
浅野先生の生き方、そして死に方
本気で教育に身をささげていた先生にふさわしい、生き方・死に方だったのかもしれない。
会えないことは本当に残念だ。だけど私はそんな先生の生き方を誇りにも感じている
私以上に、ご家族の悲しみはいかばかりのものか、はかり知ることができない
生徒として愛情を受けたものとして浅野先生に恥じない生き方をしなければと、思わされる

葬儀に参列したが、お焼香(私はお祈り)するだけで、浅野先生について詳しい情報を何一つ知ることができなかった
本当は奥様や娘さんにお会いして、後日先生について話を聞きに伺いたかったのだがその連絡先もまったくわからなくなってしまった。

今もネットで調べても、浅野邦章先生については、新聞記事とニュース記事しかヒットしない
あんなに素晴らしい先生だったのになぜだが不思議。私にだけ素晴らしかっただけなのだろうか?

浅野先生の奥様に感謝を伝え、また先生についての情報を教えてもらいたくて、ナイロビの日本人学校に連絡を取ってみたが、調べてみても住所や連絡先がわからなかったと返答をもらった

浅野先生はその後新島村立式根島小学校教頭として3年、忠生第四小学校の校長として3年勤務されたことを最近知った(その忠生第四小学校は今はなくなっており、誰に聞けばいいかわからない状態・・)

そこで浅野先生のお世話になったことのある人たちはかなり存在すると思います。
しかもインターネットで世界中と結ばれています。
もし、浅野先生についてもし知っていることがあれば、または情報や思い出、写真などどんなことでも結構なので
恩師である浅野先生について少しでも教えていただけたら嬉しいです。
(写真があればメールででも と願っています)
メール(nobuyori_1@hotmail.com)かFACEBOOK(大塚信頼)、このブログにコメントでも構いません
浅野先生についての情報を持っている方、よろしくお願いします。

追記・・この記事を投稿して、6年。今年も浅野先生の21年目の命日がやってまいります。今年も浅野先生のことを想っています。
今まで、浅野先生の情報を教えて下さった方々に厚くお礼を申し上げます。
浅野先生の写っている写真やデータは、いまだ一枚もなく、寂しく感じています。
もしどなたか、お持ちでしたら写メでも結構ですので、送っていただけたら嬉しいです。2018/8/6





[PR]
Commented at 2014-07-22 22:21 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2014-07-22 22:22 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by nobuyori_1 at 2014-07-24 09:46
コメントを下さった方、本当にありがとうございます。
感動しました。
教えて下さったエピソードはどれも心を打たれました。
やっぱりそういう器だったのですね。
是非、コンタクトできるようにお手配していただけたら嬉しいです。
奥さまも健在、娘様も近くにおられることを知れただけでも大きな希望です。奥さまにお会いしてみたい思いはあります(横浜は近い)
nobuyori_1@hotmail.com
もし差支えなければ、上記のアドレスにメールしていただけたらと思います。もちろん、このコメントで非公開でも結構です。
Commented at 2014-07-28 10:44 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by nobuyori_1 at 2014-07-29 18:51

この度は、私の願いに対し誠実な対応をして下さったことを心から、心から感謝いたします。
このような形で、ある意味身内の方に接することができたことを嬉しく感じます。
この日を4年間待ち望んでおりました。
今もご家族がそのような痛みの中あることも初めて知りました。

私も浅野先生は今も生きていて、私を見守っておられることを信じます。浅野先生と対話するように生き、天で再会を望むことにしたいと思います。お会いした時にはちゃんと褒めていただけるよう、しっかり歩もうと思います。あんなに愛を注いでいただいたのだから。
今日、用ができ、懐かしい小学校に行ってきました。1人の人物との出会いと感化、それは不思議な巡り合わせだと感じました。
浅野先生の子どもたちに対する愛情と教育に対する熱意、他の人にはどうであれ、私にはしっかりと伝わっていました。
浅野先生、本当にありがとう。
Commented by nobuyori_1 at 2014-07-30 05:03
ご家族の心の痛みを想うと、言葉を失います。
私と同じように、いや遥かに私以上に苦しまれたのですね。
ただただ主からの慰めを祈るのみです。

浅野先生はいなくなっていません。生きています。そしてまたお会いできます。
希望を持って共に歩みましょう。
ご家族にくれぐれも感謝しているとお伝えください。

この度は本当にありがとうございました。
また、貴方様にも神様からの慰めと祝福がありますようお祈りします。また何かありましたら、是非コメントください。
ありがとうございました。
Commented by nobuyori_1 at 2014-08-15 17:08
すみません。もし、ご存知でしたら教えていただきたいことがあります。
これは、以前から浅野先生についてご本人・あるいはご家族にずっと聞いてみたかったこと、なのです。

どうして浅野先生は小学校の教師になろうと思ったのでしょうか?
浅野先生は、どのような教師(人物)を理想としていたのでしょうか?
(あるいはどのような人に影響を受けていたのでしょうか)
どうして、浅野先生のような人物が生まれたのか、浅野先生について少しでも理解したいのです。

実は浅野先生の書かれた文章(何かの記事)など、本当はもっと読んでみたい思いをもっていました。
私は小学校の卒業文集に載った”感性”についての浅野先生の記事を読んだ時、この先生の文章にはキラッと輝く何かがあると感じ、もっと浅野先生が書かれた文章を読みたいと感じてました。

写真は1984年当時の卒業アルバムに載っているものしかなく、浅野先生の素顔を知れる写真など見てみたい思いをもっていました。

かなわぬ願いになるかもしれませんが、最後の願いをここに記させていただきます。
Commented by nobuyori_1 at 2014-08-15 17:09
今年も8/16で浅野先生が亡くなって19年目を迎えます。ご家族にお慰めがありますようお祈りいたします。
Commented at 2014-08-22 22:06 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2014-08-22 22:06 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by nobuyori_1 | 2018-08-06 05:14 | 日記 | Comments(10)