大川従道牧師 ”百の説法、屁ひとつ”
2014年 01月 11日
いろはのへ
百の説法、屁ひとつ
斎藤孝著『声に出して読みたい日本語』という本が大ヒットしたが、このような
句は、いくら有名でも声に出して読んではいけない。まして、上品な女性が口に出
すことばではない。
国語辞典によれば、高尚なお坊さんの説法も、屍ひとつでおじゃんになる、とい
う意味であって、「百年の恋も、興ざめ」に通じる。
何も仏教の世界だけではない。キリスト教会の聖職者も、三六五回連続で説教し
ていても、ちょっとした失敗でオシャカもありえる。「へぇ!!」。
もしも、そんなことがあったら、へイキな顔していないで、愛を込めてフォロー
してくださいね。「ヘイ!」
今回は少々「下ネタ」なので、「上ネタ」に変えます。
「キリスト・イエスのりっぱな兵士として、私と苦しみをともにしてください」
(Ⅱテモテ二・三)。クリスチャンが「兵士」としての自覚をもったら強い。苦しむこ
とがあたりまえ、御国のために苦しむことは特権、と考える。
時々、どこの教会にも属さないクリスチャンがいる。それはおかしいことである。
道を歩いている人に「あなたはどなたですか?」と質問したら、「私の服装を見た
らわかるでしょう。私は兵隊です」と答えが返ってきた。
兵士は一人では戦えない。群をなし、調和をはかり、司令官の命令を聞いて戦い
に勝利するのである。(早く教会に籍を置くことを勧めます)。
詩篇では、「栄光の王とはだれか。強く勇ましい主。戦いに勇ましい主。万軍の
主」とある。福音宣教とは、命がけの戦いである。私は殉教覚悟で第一線に立って
いるが、共におられるのは、主ご自身であるから「へイキ」である。(「へ」の回数
十二ヶ。ヘンなコラム別)
大川従道著 週報コラム「足の裏」より
by nobuyori_1
| 2014-01-11 10:37
| 大川従道著 足の裏
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