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戦争の動機

聖書には、こんな言葉があります。
「ある者は戦車を誇り、ある者は馬を誇る。しかし、われらは、我らの神、主のみ名を誇る」
(詩篇20:7)
・・人間は馬に乗り、馬に戦車を引かせて「人殺し」の歴史をくり返してきたのです。・・
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私たち人間は馬に乗りすぎはしなかったでしょうか。
互いに相手の「貪欲」という罪を武器をもってとがめてきようとしてきたのです。
しかし、それは「貪欲」のぶつかり合いに過ぎない場合がほとんどだったでしょう。
自分も、相手に劣らず「貪欲」の思いを膨らませて、馬に乗って戦ってきたのです。
ですから、いつになっても、戦争はなくなりません。
確かに今の軍隊はすっかり馬を乗り捨てて、ジープや戦車に乗り、迫撃砲を放ち、また原爆機に乗って爆弾を投下しています。
いや、それももう時代遅れ、無人機で爆撃し、ロケットで原爆、水爆をどこまでも運んで、大量殺戮ができるのです。
その根底にあるのは、相も変わらぬ人間の「貪欲」という「罪」です。

    (「ぶどうの木につながれて」 武井 博著 より引用)


イ〇〇〇国を見て考えさせられる。
なぜ人は戦争をするのか。人を殺害するのか。
何が彼らをそこまで動かすのか?

宗教的ドグマの違い? 
ねたみ?
憎しみ? 

いやそれもあるかもしれない。表面的にはそう見えるかもしれないが、それは本質ではない。
結局のところ「貪欲」という罪ではなかろうか。
もっと金を握ろう、財産を拡大しよう、領土を獲得しよう、権力を拡大しようと殺人しながら領土を広げる。

歴史を見れば、人間は貪欲のために神の名まで利用する。
宗教さえ利用して、自分の貪欲という罪をカモフラージュする。
多神教の神道の国という日本もしかり、キリスト教(キリスト教国?)の歴史にさえそのような現象を見られる。
人間の貪欲が優先する時、宗教の教え・枠組みを乗り越えてしまう。

「貪欲」こそ、キリストが戒めたものであり、聖書が争いの原因としていること。

身近な争いから、世界規模の戦争まで、共通しているのは貪欲という罪。
ここで立ち止まり、まず私たちの心にも争いの元となる「貪欲」という罪がないかどうか見直してみようではないか。

何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。
あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。
あなたがたは、ほしがっても自分のものにならないと、人殺しをするのです。
うらやんでも手に入れることができないと、争ったり、戦ったりするのです。
      (ヤコブの手紙4:1~2)

by nobuyori_1 | 2015-01-22 14:11 | 最近教えられたこと | Comments(0)