大塚信頼のブログ


by nobuyori_1
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負ける人いて勝つ人がいる

「あなたの神、主は、あなたの先祖アブラハム、イサク、ヤコブに向かって、あなたに与えると誓われた地に、あなたを入らせられる時、

あなたが建てたのではない大きな美しい町々を得させ、・・

あなたが植えたものではないぶどう畑とオリブの畑とを得させられるであろう」(申命記6章10~11節)。

聖書の世界は、そこに隠されたもうひとつのちがった世界があることを教えています。

イスラエルの民が約束の地に入り、土地を獲得する戦いは原理において競争と同じです。

勝って相手を倒さねば、土地という結果を手にすることはでないのです。

その戦いの勝敗を決するのは自己の努力や才覚といって差し支えないでしょう。

だから土地を得た後は、勝ちを得た自分に拍手喝采を送るのを当然と考えます。

にもかかわらず、申命記はそれを良しとしないのです。勝利して得た土地は、負けた相手がすでに豊かに準備しておいてくれた土地だというのです。


もしこれを今日の社会の競争の世界に当てはめれば、こういうふうにいえるのではないでしょうか。

受験戦争に勝ち、希望の大学に合格したものは、不合格の者がいるおかげで合格したのであり、めでたく部長、課長に昇進した者は、部長、課長にならなかった者がいるので昇進したということになります。

人生に勝利した者は、このやさしさをもつべきでしょう。

今日の社会に欠けているのは、このやさしさです。

人はこの社会で生きる時、本当はこのやさしさを心の底で求めているのではありませんか。

ただ競争に勝ったものだけが讃えられる社会であってはならないと願っていないでしょうか。



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競争に勝つとは、負ける者の存在があって始めて成り立つ原理です。

勝利を得たものが謙遜に勝利を受け止める配慮があれば、この世はもっと住みよくなるにちがいありません。

このやさしさを持つ者こそ、真の勝利者といえるでしょう。


加来周一著「実用聖書名言録」


勝った時は素直に喜んでよいと思います。みな平等なのですから。

でも勝った時にも、その裏で負けて寂しい思いをしている人のことを思いやり、感謝する心、

また、負けた時にも、勝った人を祝福できる人になりたいです。

何が自分にとって最善かは神様にしかわからないことですし、主権は神様にあるのですから。









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by nobuyori_1 | 2018-06-30 12:06 | 最近教えられたこと | Comments(0)