カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

天動説と地動説 なぜ教会は地動説を受け容れなかったか

「科学者はなぜ神を信じるのか」という書物を通して、教えられたことの一つ.

信仰と科学は対立するかのような誤解を世に与えた「ガリレオ裁判」について、なぜ当時の教会が地動説を受け容れなかったか、その理解が与えられたことです。


実は、「地動説」という考え方は、紀元前5世紀、ピタゴラスの定理(3平方の定理)で有名なピタゴラスが最初に唱えたものでした。

c0193512_18391910.jpg

ピタゴラスは、すでに当時、地球は自転し、公転していることまで発見していました。

この時代に、そこまで発見されていたとは驚きです。

ところが、後に現れた西洋最大の哲学者ともいわれるアリストテレスによって、地動説は否定されてしまいます。


アリストテレスは、宇宙の中心は「土」つまり下方にあるという考えがあったので、宇宙の中心が上にあるという地動説を受け容れることができませんでした。


4世紀。ローマの国教となったキリスト教は、ギリシャ文化を軽んじるようになりました。


14世紀。カトリック教会は自分たちの権力を擁護するため、教会の公認した考えのみを「正統」とし、それに反する考えを「異端」としました。

そして神学者トマス=アクイナスの大著「神学大全」を教会公認のテキストとしました。

彼がアリストテレスの天動説を取り入れていたため(神の存在証明のために天動説を用いていた)、天動説が公認の宇宙観となりました。それは同時に、地動説は異端とされることを意味していました。


16世紀。大航海時代がやってきて、火星の明るさが季節によって変わったり、蛇行運動していることが明らかになり、その謎を解くために、信仰者だったコペルニクスが「地動説」を唱えました。

c0193512_18580179.jpg

コペルニクスは穏やかに唱えたため裁判を免れましたが、同じく地動説を唱えたガリレオは真っ向からアリストテレスの天動説を否定したため宗教裁判にかけられ、軟禁の処罰を受けました。ガリレオも神を信じる信仰者でした。


また、宗教改革をしたマルチン・ルターはヨシュアの「日よとどまれ」(ヨシュア10:12~13)という言葉を根拠に、聖書には太陽が動いていると書かれているとコペルニクスを非難しました。

ルターは教会の権威化と堕落を批判して、神の言葉である聖書の文言のみに従おうとする聖書絶対主義を掲げたあまり、文字の一言一句を文字通りに取らなければいけないと考えていたのです。


1973年、教皇ヨハネ・パウロ2世は聖書の文字通りの意味にあまりに固執したことと、ガリレオ裁判が過ちだったことを認め、亡きガリレオに謝罪し、その名誉を回復しました。

c0193512_19290269.jpg

350年後のことです。


 カトリック教会は、
「聖書と自然はともに神の言葉から生じたもので、前者は聖霊が述べたものであり、後者は神の命令の忠実な執行者である。
二つの真理が対立しあうことはありえない。
したがって、必然的な証明によって我々が確信した自然科学的結論と一致するように、聖書の章句の真の意味を見出すことは注解者の任務である。」
とのガリレオの言葉を正しいと認めました。

c0193512_19223009.jpg


ガリレオは「宇宙は第二の聖書である。この書の言葉は数学である」という言葉も残しています。


私は、ガリレオの言葉から、聖書と科学は両立するはずのものであり、聖書の理解も字句にこだわりすぎてはいけず、科学の発見によって聖書の真の意味を解釈していくべきことを教えられました。

また、ガリレオにしてもコペルニクスにしても信仰者であり、神を愛し、神と神の造られた世界をより知るため熱心に科学をした人でした。
信仰と科学は両立、共存するものであり、信仰と科学が対立するかのような印象を与えたガリレオ裁判は、宗教が科学に踏み込み、聖書の字義にこだわり勝手に定義してしまった結果であったことがわかりました。
現代においても、聖書の字義にこだわるあまり、科学に対しても同じ過ちをしないように気を付けなければならないとも思いました。

聖書と科学は相反することなく補い合うもの。聖書と科学の両方を持ってこそ、世界を正しく理解することができるのですね。

ガリレオさん、ありがとう!








[PR]
by nobuyori_1 | 2018-08-19 19:23 | 最近教えられたこと | Comments(0)