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恩師・浅野邦章先生の文書

私の小学6年生の時の恩師・浅野邦章先生が、本の最後に載っていました。
しかも、ナイロビ日本人学校の校長をされていて、亡くなる2週間前の最後の写真と文章です。

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『守童(すわら)』というナイロビ日本人学校のPTAが編集発行している会誌に、浅野邦章学校長の文章がのっています。

「私のナイロビ生活も9カ月がすぎました。等と京都の公立小学校で3年間校長をしてきたものの、まさに未知からのスタートだったような気がします。
・・治安の悪さが私のとまどいを増幅しました。
そんな中で何より私を勇気づけて下さったのがPTAのみなさんでした。
・・・9人の強盗団に侵入されて気落ちしている夜に、ウイスキー持参で励ましにきてくださった方もありました。
学校のスタッフのことも忘れられません。遊具や駐車場、倉庫、畑をつくり、トイレや屋根を修理するのにともに働いてくれたのはかれらです。
一輪車で土を20回はこんだらビール一本なんて馬鹿をいいながら、とうとう50回も運んで腰が動かなくなって笑われたものです。
・・・とにかくいろいろあった9か月でしたが、ケニアにあっておぼれず、このまま初心をもちつづけたいと願うこのごろです。」

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浅野先生は、つりが大好きでした。取材でおじゃましたとき、いきなりケニアの素晴らしさを話してくれました。

「ナイロビ郊外50キロのところろに、いい場所があるんですがこれはないしょです。
つりだけでなく、いなかの人たちと話しするのも楽しみなんです」

取材を終えて帰国して2週間後、私はなにげなく新聞を開いてがく然としました。
「ナイロビ日本人学校長撃たれ死亡」の記事が目にとびこんできました。
今はただ、ご冥福をいのるだけです。

取材を終えて 渡辺一夫  (世界各地のくらしー18 ケニアのくらし」(ポプラ社発行)


やっと、浅野先生の文章が一つ手に入りました。
私のブログを見て、図書館員の方が「ケニアのくらし ポプラ社発行」の最後に、たまたま浅野邦章学校長の文書がのっていましたと教えてくださったのです。
奇跡としかいいようがありません。

先生が亡くなる2週間前に、お会いして取材された著者 渡辺一夫さんの貴重な文章でした。

浅野先生は大の釣りとお酒の愛好家でもあった、親交のあった親御さんのNさんとたまたま先週土曜日に会い、その方から伺いました。
この文章からもそのことが伺えます。
「浅野先生は、公立の先生として生徒ともっと個人的にかかわることができなくてもどかしさを感じていました」といっておられました。
やっぱり、浅野先生は子どもが好きだったんだな、と確認できました。
その親御さんにもこの記事を読んでお聞かせすることができました。

浅野先生はこの時すでに治安の悪さも感じておられたのです。
校長先生自ら、生徒たちを迎えて声をかけている様子を知れて、本当にうれしいです。
これが浅野先生の生き様です。


自分が慕っていた一人の人物の言葉、写真を得るのは簡単なことではありません。
今日はイエス・キリストの十字架にかかられるヨハネ福音書を早天祈祷会で読みました。
これだけの記録が残されて手に入れることができるということはすごいことだと改めて感じさせられました。
奇跡的に浅野先生の写真と文章を図書館員の方から、また浅野先生と親交のあったNさんとの交わりを令和元年に入ったとたん与えられました。
神様のご摂理と皆様のご協力に感謝します。





by nobuyori_1 | 2019-05-14 20:13 | 日記 | Comments(0)