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2010年 02月 13日 ( 5 )

大聖会は大盛会!

ファン・カルロス・オルティス先生を迎えての大和での聖会は、一生心に残るものだった。参加された方は大正解でしたね。

水曜夜も700名、木曜日には1000名近く集まった。
しかし、世界には素晴らしい器がいるものですね。
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私の心に残ったこと

1.「私たちは神の中に生き、動き、存在している」(使徒17:27)
宇宙の中に神がいるのではない。神の中に宇宙がある。
宇宙はひとつの神の家だと感じた。
外にいても、地球上のどこにいても、私たちは天のお父さんのおられる家の中にいるのだ。
そう思えたら、仕事をしていてもとっても平安である。
何が起こってもあせる必要はない。天のお父さんがおさめてくださるだろう。
ああ、なんという平安!
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2.「神は細胞のひとつひとつの中にもおられる」
いやしの信仰が与えられた。

実際、うちの教会員で埼玉から来たE姉は、メッセージの間に、右肩が痛くてペットボトルの蓋さえ右手で開けられなかったのに痛みがなくなり、目が白くかすんでいたのがかすみが取れてはっきり見えるようになった。
神は細胞の中にもおられるのだ。ハレルヤ!

3.イエス様のことは、愛の行いをしながら質問を受けた時、初めて話すべきこと。

セルグループや家族に愛し仕えること、あかしの心得などアルゼンチンでこんなに健全な指導がされているのかと驚かされた。
私は、お客さんの家で、仕事を親切丁寧にしてから、教会の案内や証をするように心がけているが・・
質問が起こるまで待たなくてはと・・反省・・・

4.按手の恵みを受けたこと
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霊の世界が広く開かれ、満たされました。
町田カルバリーの愛する方々と恵みを共有できたことが何よりの恵みです!主に感謝します。
また何かが動き始めていることを感じています

by nobuyori_1 | 2010-02-13 09:32 | 最近受けた恵み | Comments(0)
幸いなことに、私はおつきあいある経営書の方から、このことを教わる機会がありました。
「小宮さん、ABCを大切にするといいことがありますよ」
「何ですか、ABCって」
「Aはあたりまえのこと、Bはバカになること、Cはちゃんとやることの頭文字ですよ。つまり、ABCがたいせつというのは、あたりまえのことを、バカになって、ちゃんとやる。人生はそれが大事ということです」
人生経験を積み重ねていくにつれて、この言葉の持つ奥深さが、私の胸にずっしりと響くようになり、いつしか深い感動となって、私の全身に染みてきたのです
 「あたりまえのことをばかになってちゃんとやる」(小宮一慶・サンマーク出版)より。

非常に感銘を受けた良書である。

この本に「散歩のついでに富士山に登った人はいない」という言葉が紹介されている。
散歩のついでに富士山に登ってしまったという人はいない。富士山に登る人は「富士山に登ろう」と思って、一歩一歩歩いてきた人ばかりである。
ただ歩いている人と富士山に登るという目標を持って歩いている人。歩くという行為は同じでも行き着くところが違う。何も考えずただ歩いている人は、たいした場所さえ行くこともできない。

私は、人が成功するかどうかは紙一重の差だと思っています。0.1ミリあるかないかの紙を、500枚、1000枚と重ねていけば、5センチ、10センチの山になります。
0.1ミリの努力の差、紙一重の努力とは、一つひとつは小さくても、バカになって、ちゃんと積み重ねていくと大きな結果を生むのです。
やっていることは、一見、人と同じ。人と同じように一歩一歩あるいている。でも当たり前の歩みを、どれだけ真剣に、ちゃんとやっているか。その差が一生の間には、富士山と平地程の差になっていくのです。(引用)

聖書読むこと、祈ること、読書すること、挨拶すること。
掃除、洗濯、お掃除すること。
「A当たり前のことを、Bバカになって、Cちゃんとやる」
心に命じておきたい言葉である。

by nobuyori_1 | 2010-02-13 08:38 | 最近教えられたこと | Comments(0)

らしく語る

毎週火曜日、私たち教会スタッフは、大和カルバリーチャペルに集まり、大川牧師から「弟子道」という授業を受ける。前回そこで教えられたこと。

「らしくない話し方をするな」
「こころをゆさぶる話し方」という落語の本からだったが、前座は前座らしく、真打は真打らしく語るべきだという内容だった。
前座であるのに、ちょっとほめられるとその気になって、名人のように語りだす人がいる。
背後に謙遜さが足りない。分をわきまえてない。そんなこと話せるはずがないのに・・・聴衆には見えている。
前からその人物を知っている人は、怒り、立ち上がり、その場から出て行く人もいるという。そのような人によって、落語家は育てられていく。

ベテランでも前座にかなわないものがあるという。それは「若さ」
若さの中に一生懸命さを感じる。余裕のあるベテランよりも魅力がある。それが前座の魅力だという。

自分を振り返り、恥かしい思いがした。

前座は前座らしく語ろう。背伸びしないで身の丈で語ろう。でも一生懸命語ろう。
それでいいんだと感じたら、ホッとした。

by nobuyori_1 | 2010-02-13 08:13 | 最近教えられたこと | Comments(2)

一隅を照らす

私の目標は、「日本を変える」こと。
大きすぎるだろうか?
妻に言わせると、「あなたは目標が小さい」ということになる。「世界を見なよ。もっと世界を大きく見ないと」と・・・・大した妻である。

一体私ひとりで、どうやって日本を変えることができるのか。以前は途方にくれていた。
でも、今は違う。
「一隅を照らす、これすなわち国宝なり」という天台宗の最澄の言葉に出会ってから。
社会の一隅でいい。一隅を照らす人となれ。そうすればやがて社会全体に影響を与えることができるであろう。
そうか、世界を変えるためには、日本を変えるためには、一隅を照らすことをすればいいのだ。
それならできる、そう感じた。

私は神に町田に遣わされた。私の使命は第一に町田を変えること。イエス様の光によって一隅を照らすこと。
一隅を照らすことが出来ないで、どうして日本や世界を変えることができようか。
「一隅を照らす」・・・それに徹していきたい。
by nobuyori_1 | 2010-02-13 07:54 | 最近教えられたこと | Comments(0)

世を変革する態度

今朝は、イエス様がらい病人をいやされた記事を読み驚いた。

旧約聖書の時代、らい病人は汚れた者とされ、近づかないように警告されていた。
新約聖書の時代、イエス様は積極的にらい病人と関わり、いやしていかれた。
この違い様は何だろう!

「一対一弟子養育」の中で、クリスチャンが世に対する関わり方が3種類あると教えている。
1.逃避型  この世は汚れているので、なるべく離れていようとする逃避的な生き方
2.妥協型  世の人の目や批判を恐れて、妥協して、世の人と同じになってしまう生き方
3.変革型  世に積極的に関わって、世を変革していく生き方
クリスチャンの持つべき態度は、変革型の態度である、と教えている。

イエス様は聖さを保ちつつ、世に積極的に関わり世を変革していった。

私たちクリスチャンも、この世界を変革するため、地上に生かされている。
人が変革されることほど、素晴らしい神の奇跡はない。

by nobuyori_1 | 2010-02-13 07:38 | 最近教えられたこと | Comments(0)