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2019年 05月 14日 ( 3 )

今年も自宅でいちご狩りができています。
今年は晴れが少ないのが幸いし、毎日少しずつ赤くなり、収穫が長く楽しめています。

3年前の10月、ホームセンターから買った一本のいちごの苗を植えました。
1年目の春、少し実って腐って終わり。なんだいちごってこんなものかとがっかり。ところがその後、ランナーを伸ばし増殖し始めました。
2年目の春、長さ2mの幅に100本近いイチゴの苗が一斉に実りました。その後もほっておくと、ランナーでさらに増殖しました。

そして今年・3年目の春、長さ4mの幅に増殖したイチゴが再び実りました。
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昨年実った苗を地面から抜かずに、そのままにしたらどうなるかというのが今回の興味のある実験でしたが、
新しい苗と比べると2年目の親株は勢いは確かにない気がします(上の写真の真ん中辺りが昨年度の苗。背が低い。手前と奥がランナーから伸びた新しい苗。背が高い)が、花も咲き、実も実らせています。
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よく、ネット上での情報では、親株、子株は病気がうつりやすいので抜いてしまいましょうとありますが、病気も特にみられませんでした。

ランナーで伸びた苗を小さなポットにとって全部植え替えをするという手間をかけたくない私にとっては、とても良い結果となりました。

さて収穫ももうじき終わろうとしています。今年は苗を生き生きとさせるため、ランナーから孫株をポットに取り、親株をすべて抜いて、地面に肥料をやり、植え替えをしようと思っています。

我が家のいちご畑の報告でした。

それにしてもイチゴは様々な食べ方があって、幸せな甘い気持ちにさせてくれます。
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そのまま凍らせると保存ができて、キャンディーみたいに食べることができます。
砂糖をかけて凍らせると、後で食べた時おいしいようです。

土地があれば、いちごの苗を地植えすることをお勧めします。

いちご栽培のこつは、
①花の咲き始める4月ごろ、追肥をすること。
②なった実が地面について腐らない、虫にくわれないように、ビニールシートをひくこと
③摘果(てきか)して、大きい順に実を2~3残して、あとは実をつんでしまうこと。ランナーもつんでしまうこと。

多くの人が、いちごを買っても、ビニールで養生しない、また摘果をしないで、なるままにまかせてしまうので大きいイチゴをとれないでいます。

いちご栽培、始めると楽しいですよ。
一度、見にいらしてください。
















by nobuyori_1 | 2019-05-14 21:23 | 最近受けた恵み | Comments(0)
女性脳は大切な対象に意識を集中し、ちょっとの変化も見逃さず、相手が何も言わなくても、何を求めているのか、どうすれば相手がうれしいか、その意図を察して生きている。
これは、物言わぬ赤ん坊を育てるために女性脳に装備された能力だから、「察すること」イコール「愛の証し」だと信じているのだ。
「察してなんぼ」の女性脳にとって、「言ってくれれば、やったのに」というセリフは、察することを放棄した言葉であり、「僕はあなたに何の関心もない」「あなたを大切に思っていない」と同義なのである。

男性脳は大切なものに対して、習慣的に責務を果たすことを旨とする。
毎月給料を渡し、毎週決まった日にゴミを出し、毎日同じように帰宅する。
これが男性脳が「妻を大切にしている」証しなのだ。
察する機能がついていない男性脳に察しろと言うのはむずかしい。
「言ってくれれば、やったのに」は本音であり、思いやりである。

しかし、このような場面で、言うべきなのは「気がつかなくてごめん。僕がやるべきだったね」だ。
察したい気持ちを伝えるこのセリフは、ときには愛を伝える言葉にもなる。
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女性にとっての愛の証しと男性にとっての愛の証しが異なるから通じない。
しかし、女性を大切にしていることを伝えるには、男性が女性に合わせる必要がある。譲歩することが愛情にもなる。

それにしても男性にとって、察することは意識的な訓練が必要だ。
でも、それは人間関係で必ず役に立つはず。




by nobuyori_1 | 2019-05-14 20:43 | 最近教えられたこと | Comments(0)
私の小学6年生の時の恩師・浅野邦章先生が、本の最後に載っていました。
しかも、ナイロビ日本人学校の校長をされていて、亡くなる2週間前の最後の写真と文章です。

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『守童(すわら)』というナイロビ日本人学校のPTAが編集発行している会誌に、浅野邦章学校長の文章がのっています。

「私のナイロビ生活も9カ月がすぎました。等と京都の公立小学校で3年間校長をしてきたものの、まさに未知からのスタートだったような気がします。
・・治安の悪さが私のとまどいを増幅しました。
そんな中で何より私を勇気づけて下さったのがPTAのみなさんでした。
・・・9人の強盗団に侵入されて気落ちしている夜に、ウイスキー持参で励ましにきてくださった方もありました。
学校のスタッフのことも忘れられません。遊具や駐車場、倉庫、畑をつくり、トイレや屋根を修理するのにともに働いてくれたのはかれらです。
一輪車で土を20回はこんだらビール一本なんて馬鹿をいいながら、とうとう50回も運んで腰が動かなくなって笑われたものです。
・・・とにかくいろいろあった9か月でしたが、ケニアにあっておぼれず、このまま初心をもちつづけたいと願うこのごろです。」

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浅野先生は、つりが大好きでした。取材でおじゃましたとき、いきなりケニアの素晴らしさを話してくれました。

「ナイロビ郊外50キロのところろに、いい場所があるんですがこれはないしょです。
つりだけでなく、いなかの人たちと話しするのも楽しみなんです」

取材を終えて帰国して2週間後、私はなにげなく新聞を開いてがく然としました。
「ナイロビ日本人学校長撃たれ死亡」の記事が目にとびこんできました。
今はただ、ご冥福をいのるだけです。

取材を終えて 渡辺一夫  (世界各地のくらしー18 ケニアのくらし」(ポプラ社発行)


やっと、浅野先生の文章が一つ手に入りました。
私のブログを見て、図書館員の方が「ケニアのくらし ポプラ社発行」の最後に、たまたま浅野邦章学校長の文書がのっていましたと教えてくださったのです。
奇跡としかいいようがありません。

先生が亡くなる2週間前に、お会いして取材された著者 渡辺一夫さんの貴重な文章でした。

浅野先生は大の釣りとお酒の愛好家でもあった、親交のあった親御さんのNさんとたまたま先週土曜日に会い、その方から伺いました。
この文章からもそのことが伺えます。
「浅野先生は、公立の先生として生徒ともっと個人的にかかわることができなくてもどかしさを感じていました」といっておられました。
やっぱり、浅野先生は子どもが好きだったんだな、と確認できました。
その親御さんにもこの記事を読んでお聞かせすることができました。

浅野先生はこの時すでに治安の悪さも感じておられたのです。
校長先生自ら、生徒たちを迎えて声をかけている様子を知れて、本当にうれしいです。
これが浅野先生の生き様です。


自分が慕っていた一人の人物の言葉、写真を得るのは簡単なことではありません。
今日はイエス・キリストの十字架にかかられるヨハネ福音書を早天祈祷会で読みました。
これだけの記録が残されて手に入れることができるということはすごいことだと改めて感じさせられました。
奇跡的に浅野先生の写真と文章を図書館員の方から、また浅野先生と親交のあったNさんとの交わりを令和元年に入ったとたん与えられました。
神様のご摂理と皆様のご協力に感謝します。





by nobuyori_1 | 2019-05-14 20:13 | 日記 | Comments(0)