大塚信頼のブログ


by nobuyori_1
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

<   2010年 11月 ( 11 )   > この月の画像一覧

聖歌で賛美

一人で開拓伝道する人は、
聖歌を開いて賛美するようにするといい。
私の父が聖歌を賛美する声が
よく聞こえた。
時々、感極まって、途絶えてしまうこともあった。
私たち子どもは知らぬ間に
歌を覚えてしまったものだ。
聖歌を賛美する中で慰め、励ましを受けることができる。
聖歌の歌詞の内容というものは、深く豊かなものである。
  大川従道


朝、賛美してQ.T.を始める
何を歌おうか と悩むことがあると思う
聖歌がいい
聖歌をめくりながら、知っている歌を見つけたらそれで賛美する
印もつけておくといい
聖歌で賛美しだすと、次々と賛美したくなり、
つい時間を忘れる

そして通勤時、自然にその賛美を口ずさむ自分に気づく
[PR]
by nobuyori_1 | 2010-11-24 07:42 | 最近受けた恵み | Comments(3)

命を注ぐ働き

牧師先生は、大変です
だって、説教を通し命を注ぐ働きですから
聞く人の人生を変えてしまう働きですから
 ある信徒の方


この話を聞いたとき、本当にそうだと感じた
牧師の働きは、神の命を注ぎ込むことだ
それには何よりも祈りを通した油注ぎが必要だ
だから、牧師は自ら祈らなければいけない
だから、牧師は祈りで支えられなければできない
[PR]
by nobuyori_1 | 2010-11-13 22:19 | 最近受けた恵み | Comments(0)

読書

すべてよき書物を読むことは、
過去のも最も優れた人々と会話をかわすようなものである。
  デカルト(フランス哲学者)


読書は会話するように読むといいといわれる。
私は書き込みながら読むのが好きだ。

聖書は会話をするように読むといい。
聖書を通し、神と会話をしながら読むといい。
[PR]
by nobuyori_1 | 2010-11-12 22:00 | 最近受けた恵み | Comments(0)

暗唱聖句

朝、職場までの道を、自転車を使わずに歩いた。
持ち物も、一対一弟子養育のテキストのみ
来週月曜日で、母との学びが終わる
最後は今まで暗唱してきた聖句の発表

母には5つでいいと言ったが、
私はこの機会に全部覚えておきたい

暗唱聖句を口づさみながら、鶴見川沿いを歩く
聖書のみことばを覚えるのは、
実に楽しかった

何より大切なことだと感じた
[PR]
by nobuyori_1 | 2010-11-12 21:57 | 最近受けた恵み | Comments(0)

天国での3つの驚き

"Amazing Grace"を作詞したジョン・ニュートンが、
私たちが天国へ行った時に”3つの驚き”があるという。

①、天国で意外な人を見つける。
 あれー、あなたがいるのー?良かった!よく来たねー!

②、いるべき人がいない。
 あれー、あの人がいない。どうしちゃったんだろう。

③、最大の驚きは、自分が天国にいるという驚き。
 この自分が天国に今いるという感動。それこそ驚くべき恵みである。

  大川 従道  (今週の礼拝メッセージより)


すべての人が天国へ行けますように
永遠に神様の元で過ごせるんですよ
この地上は天国で過ごすための前置き段階
楽しみです
[PR]
by nobuyori_1 | 2010-11-08 20:50 | 最近受けた恵み | Comments(0)

すべての解決法

信徒の色々な人生の相談を受けるが、どの問題も
私はメッセージでそれについて触れて、語っている。
私のメッセージを3、4回分聴くならば、
ほとんどの問題の解決法がそこに入っている。
  大川従道


大川牧師がそのように語られた。本当にそうだと思った。
大川牧師の1回の礼拝説教は、普通の10回分位の説教内容が盛込まれている。
人生70年弱、牧会40年の経験と聖書から得た、人生で最も大切な悟り、指導が含まれている。
1本のテープを何十回と擦り切れるほど聴いた という方に良く出会う。
あらゆる人生の解決策と励ましがそこにあるからだ。

時々説教がマンネリだ、退屈だという人がいる。
問題意識の乏しい人だろう。
[PR]
by nobuyori_1 | 2010-11-06 10:48 | 最近受けた恵み | Comments(0)

銀を求めるように

銀を求めるように、これを求め、
隠れた宝を尋ねるように、これを尋ねるならば、
あなたは、主をおそれることを悟り、
神を知ることができるようになる。
これは、主が知恵を与え、
知識と悟りとはみ口からであるからである。
   箴言2:4~6


これは「求める原則」
求めるものが得る。
神を求め、真理を求め、
聖書に、教会に、信仰書に求めるものは、
神に出会い、真理を知ることができる。
求めないものは得ることがない。
求めよう。
[PR]
by nobuyori_1 | 2010-11-06 09:09 | 最近受けた恵み | Comments(0)

神の愛を前提に

聖書を見ると、神は愛しているという。
世の中を見ると、悲惨なことがあり、神がおられ、愛しているとは思えない。
この矛盾をどう考えてたらいいか。
神の愛を前提にして、世の中を読むのです。
  ニッキー・ガンベル


神学校で、旧約はさばきの神、新約は愛の神のように感じると
ある生徒が言った。
すると旧約の講師がこう教えられた。
「旧約聖書も神の愛を前提に読んでみて下さい。
そうしたら、神がどんなに憐れみ深く、愛に満ちた方かわかります」

神の愛を前提に旧約聖書を読み始めたら、
旧約聖書から深い神の愛を感じるように変えられた。
[PR]
by nobuyori_1 | 2010-11-06 08:27 | 最近教えられたこと | Comments(0)

世界の宗教人口

世界の宗教人口
 世界の総人口67億人
 
 1 キリスト教 23億人(34%)
 2 イスラム教 15億人(23%)
 3 ヒンズー教 9億人((14%)
 4 仏教 4億人(6%)

  百科事典「ブリタニカ」年鑑2009年版に世界の宗教人口割合より



ところが、「世界の三大宗教」といえば、
 キリスト教、イスラム教、仏教のことを言う。
 なぜか?
 この3つは、特定の民族・国のための宗教ではなく、多数の国にまたがって存在する世界的宗教だからである。
 三大宗教というのは、信者の数のことではなく、
世界的宗教の中で信じられている国の数の多い順を意味している。


ただし、キリスト教は、中部・南アフリカ、北・南アメリカ、ヨーロッパ、ロシアに多く、イスラム教は中近東、北アフリカに集中、仏教はアジアに偏って存在している

世界の仏教徒数 3.6億人の内訳

1 中国 1億
2 日本 9千万
3 タイ 6千万
4 ベトナム 4千万
5 ミャンマー 3.8千万

 ウィキぺディアより
>

そして今、中国では一日2万人のペースで、クリスチャンになる人が起きており、推定1億人のクリスチャンがいる。
中国宣教師の竹内宣雄氏によれば、インドとタイでは、毎日数十万人のペースで、クリスチャンが増えている。

キリストの言葉通り、地の果てまで、宣教がなされ、実を結んでいる。
[PR]
by nobuyori_1 | 2010-11-04 23:31 | 最近教えられたこと | Comments(0)

仏教とは?

仏教とは?
 インドの釈迦を開祖とする宗教。仏陀(目覚めた人)の説いた教え。また自ら仏陀になるための教えであるとされる。

仏教の教え
 物事の成立には原因と結果があるという因果論を原則として、人々に悪行をなさずに善行を積むことを勧める。

苦、その原因と解決法
 仏教では生きることの苦から脱するには、真理の正しい理解や洞察が必要であり、そのことによって苦から脱する(=悟りを開く)事が可能であるとする。

悟りとは
 知らなかったことを知る、気づかなかったことを気づくことを言う。覚りともかく。悟りは初期仏教から部派仏教あたりまでは、究極目的であり、悟るためにさまざまな修行がとかれ実践される。しかし、悟りを開いたからといって、病気や肉体的な苦痛がなくなるわけではない。

解脱とは
 「私はこれほどのことをしたのだから、あのような結果があって当然だ、こうあるべきだ・・・」等々の世俗にまつわる囚われからの解放を意味する。したがって、目の前に起こった出来事がどんなに自分にとって不都合であろうと甘んじて受け入れるという、そうした精神を持てることが解脱という。
    「ウィキペディア」より引用


仏教について学んでみた私個人の感想)
 仏教について知りたければ、釈迦の教え、原始仏教に当たること。
 仏教は、あくまで自分自身の精神的苦痛から逃れることを求めるもの。
 仏教は、釈迦が実体験したことを追体験することを求めるもの。 
 釈迦の実体験を根拠として追体験できると主張するが、実際に同じ悟りの境地にまで到達できた人はどれくらいいるのだろう。一人の特有な個人的体験と同体験を、他者ができるということ自体、きわめて難しいことではなかろうか。それを求めればできるという保証はどこにあるのだろうか。
 悟りえるまで輪廻転生を繰り返すと教えは、悟りに至ることの難しさを物語っているように思われる。かといって、誰でも唱えれば成仏できると簡単化するのはどういうものであろう?

 仏教には、超越的存在としての神はない。よって生きた神との関係や交わりといった教えもない。
 悟りの体験にいたるのも、個々人の修行や実践によるものと説く。
 仏教における救い(悟り、解脱)の内容は、キリスト教の救いとは全く異なるもの。生きた絶対他者の神との関係の回復ではなく、あくまで個人の内面における精神的苦痛からの解放の追求である。
[PR]
by nobuyori_1 | 2010-11-04 23:16 | 最近教えられたこと | Comments(1)