大塚信頼のブログ


by nobuyori_1

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大衆化される時代

現在という時代は、少数のエリートが考え、それに大多数の人(大衆)が従ってゆく、という時代ではありません。
誰もが考える時代、考えることのできる時代なのです。
そのための能力も、訓練も、情報も、チャンスも十分備わった時代なのです。
こんな時代は、人類史上に存在しなかったのです。

どんなにまれな、優れた思考から生じたものも、ただちに大衆化する、というのが現在なのです。
性格には、多くの人に受容されるということです。

             鷲田小や太


”初詣は教会へ”

たとえば、このような言葉を発信していく
どこかで小さく発信した言葉や思想が、たちまちのうちに大衆化してしまう可能性がある時代なのです
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by nobuyori_1 | 2012-01-31 06:11 | 最近教えられたこと | Comments(0)

キーボードで文章を作る

鷲田小彌田(わしだこやた)の「自分で考える技術」という本を読んだ。
鷲田さんは、「キーボードで文章を作れ」という。
それは思考の回転に追いついて文章を書けるからだ。
書いていては思考がストップしてしまう。
書くのとキーボードを打つのでは、かかる時間が愕然と異なる。

従来は、考えること、書くこと、出版され人の目に触れるまでにはかなりの時間がかかった。
現在は、キーボードを使うと考えていることそのものを、同時に活字にできる。
そして、インターネットを通して瞬時にして、世に発表できる。

キーボードやインターネットは大きな武器となる

(ただし、誤字には気をつけます・・)
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by nobuyori_1 | 2012-01-30 06:43 | 最近教えられたこと | Comments(0)

情報化時代

情報化時代になり、誰でもが瞬時にして多くの情報を集められるようになった。
しかし、情報化時代になったからといって、自分の中に情報がたくさん入っているかといったらそうでもない。
結局、情報を検索しやすくなっただけで、時間をかけて活字を読む、映像を見るという作業をしなければ情報は得られない。
情報を集めることに熱心で、それを消化していないということもありえる。

情報化時代になったからとて、手元に情報を得やすくなっただけで、
時間をかけてそれを読んだり、見たりする努力の必要は依然として変わらないことを心に留めておきたい。
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by nobuyori_1 | 2012-01-29 06:38 | 最近教えられたこと | Comments(0)

「いのち」

昨年「小さないのちを守る会」のクリスマスコンサートで坂口千栄さんによって歌われた歌を紹介する。
感動的な歌との出会いだった。「小さな命を守る会」にこれほどふさわしい歌はない。

                「いのち」      
            作詞作曲 古木 涼子

いのちがこんなに尊いのは この世にたった一つだから
いのちがこんなにきれいなのは 神様が心 こめてるから
いのちがこんなに愛しいのは それは あなた あなたのいのちだから

父さんがいて 母さんがいて 家族がいて みんながいて
そして あなたが生まれた 
けっして ひとりではなかった

みんなで守るよ そのいのちを
心とからだ 傷ついても あなたのいのちは変わらないよ
美しく光り 輝いてる

生きて 生きて 生きて欲しい 
かけがえのない あなたのいのちだから   

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by nobuyori_1 | 2012-01-29 06:05 | 最近受けた恵み | Comments(0)

賀川豊彦

賀川豊彦という人は、お医者様からあと2年しか生きられませんと宣告されて、
それなら命のある限り、みんなに善いことをして死んでいこうと思い、
明治42年、神戸に日本最大のスラム(生活に困っている人たちが群れになってすむ)にいき、
貧しい人たちの友達になり、
自分の持っているものはすべてあげて、「くれるキチガイ」とあだ名をつけられました

そこでは、毎日けんかをしているという虎という人や、
葬儀の安さんなどと、最初は殴られたりだまされたりしましたが、友達になり、
足が悪く歩けない出口さんを助け・・・

色々頑張ってみても、貧しさはよくならない
根本的に直さなくてはと、アメリカに労働組合の勉強に行く
昭和になって、戦争に反対したり、
労働組合、
農民協同組合(農協)、
生活協同組合(生協)の生みの親となりました。

そして、死ぬまで、人々のために尽くしました。
二年の命だったはずが、あまりにも善いことをしているのを天の神様が見て、
72歳までも活かしてくれました。
その人の生涯を面白く、また泣ける映画にしました。
「死線を越えて~賀川豊彦物語」

                   山田 火砂子


「使命」とは、命を使うと書く
人のため、神のため命を使うときに、人は輝く
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by nobuyori_1 | 2012-01-28 06:37 | 最近受けた恵み | Comments(0)

行いと言葉

イエスの教えには
言葉によるものと、行いによるものとがあり、
そのおのおのが福音であり、宣教である。
 
  カトリックの会報


私たちの生き方も、
言葉によるものと、行いによるものがあるのですね
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by nobuyori_1 | 2012-01-27 07:53 | 最近受けた恵み | Comments(0)

無知の知

ソクラテスは、政治家、詩人、技術者たちのところにゆき、その博識ぶりをまのあたりにしました。
確かに、政治かも、詩人も、技術者たちも、自分の専門のことはよく知っていました。
ところが、彼らは、自分の専門のことだけしか知らないのに、自分はあまねくのことに通じている知者だ、と思い込んでいたのです。

専門外では「無知」であるのに、それを自覚していない。
それを自覚することが、「無知の知」です。

「知」とは「あることに」にたいする「知」です。
特定の対象に対する知です。
「知」は、すべて「限界」を、境界線をもっているのです。
それを自覚しないといけないのです。

そして、専門知は、その「限界」を越えて進めていくことが求められているのです。

鷲田 小や太 



私の専門は聖書です。
でも、聖書以外のことは、専門外であり無知です。
それは一つの大きな発見ですが「無知の知」を知るだけで留まってはいけないのですね。
(聖書自体にもまだまだ無知ですが・・)

今度は専門に対し、全般を意味する”教養”を身につける必要があります。
今の時代は、教養がない人は、専門に通じていても通用するのが難しい変化の激しい時代なのです。

また、専門を他の分野から(他の角度から)見ていくときに、
専門知は さらに新しい知識が加わり、深められ、思考が前進していくのでしょう。
現代の哲学では、専門知は、その「定義」を常に超えて進め、といわれるそうです。

私の場合は、聖書を聖書や宗教という分野ではない他の分野や、他宗教、現在の文化から見ることで、
さらに専門地が膨らみ、前進させていかなければいけないのです。

この時代に活躍できる人は、従来の思考の枠を越えて考えられる人なのでしょう。

大切なことを教えられました。
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by nobuyori_1 | 2012-01-26 21:49 | 最近教えられたこと | Comments(0)

落ち葉の秘儀

木は自分に必要のないものを葉の中に貯めておき
葉を落とすことで、必要のないものを自分の外に捨てているそうです
・・木が必要のない者として捨てている<落ち葉>が人の目には美しく見えるのは不思議です

また、必要のないものとして木が落とした<落ち葉>が、
その木にとって実はとても大切なものであるのも不思議です。
木の葉には、その木と相性のいい糸状菌、酵母菌、さまざまな微生物がくっついています。
その微生物たちは落ち葉を分解して、木が生長するために必要な栄養を作ります。
また、微生物は落ち葉を分解する時に、抗菌物質もつくりだすので、
木は病気にかかりにくくなるそうです。
そして、木の周りに積もった落ち葉は、降ってくる雨を受け止めて
根元の土が流れることを防ぎ、同時に木に必要な水分を蓄えます。

もしかしたら、人が「これは必要ない」「これは間違えている」「これは失敗だった」と判断して、捨てた出来事は、
神から見れば落ち葉のように美しく必要なのかもしれません。
すべての出来事は必要なものであり、神は時間をかけてその人に必要なものに変えていくと、
私は思うからです。   

 小池亮太司祭

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by nobuyori_1 | 2012-01-26 06:19 | 最近受けた恵み | Comments(0)

植物と赤ちゃん

草花の世話をしていると、植物は動物と違って
「完全に受身で生きている」ことに気がつきます。

人に枯れている動物は、
おなかがすけば、鳴いたり、すりよったりして飼い主に訴えることができます。
また、寒ければ暖かいところに、暑ければ涼しいところに移動して、自分で腑かな状態を快い状態に変えることができます。

一方、植物といえば、
育てている人が水を与えなければ、何も言わず黙って枯れて行くだけです。
また、地面に植えられた植物は、暑くても、寒くても、根付いた所から動くことができません。
だからこそ、植物を愛する人は、自分の傍らになる草花から決して目を話すことができません。

・・・この<植物と世話をする人との関係>は<人と神との関係にも似ているように思います。

   小池 亮太(町田カトリック教会 主任司祭)


カトリック教会に寄って、頂いた会報に書かれていた文書
大変教えられました

今、赤ちゃんを育てていて、赤ちゃんも「完全に受身で生きている」ことに気づきます
声を出して泣くことができることが、唯一植物より良いくらいで、それ以外は完全に受身です
「絶対依存」の関係です。

私も、植物や赤ちゃんから、神様と人との関係 を教えられます
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by nobuyori_1 | 2012-01-25 09:55 | 最近受けた恵み | Comments(0)

仕える

もし、「仕える」ということがその人にあるならば、
彼の生涯の終りに至るまで、もはや一日として、何をなすべきか分からない日はないだろう。
どんな日でも、孤独が取り巻くということはない。
すなわち、仕えることによってその私が自己閉鎖から解放されるのである。
   
                 ハンス・リルエ


仕事 というのは 仕える事 と書く
神は人を、神と人に仕える 仕事をして生きるように創造してくださいました
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by nobuyori_1 | 2012-01-25 07:31 | 最近教えられたこと | Comments(0)