大塚信頼のブログ


by nobuyori_1

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ゴリブリ退治の方法

ネパールで、ある人が蚊を殺そうとすると
”殺してはだめだよ。ご先祖様かもしれないから”とお叱りを受けた、という話がある
”輪廻転生”を本気で信じるなら、ゴキブリを殺すこともできなくなるのだろう

”輪廻転生”を本気で信じるかどうかは別にして
夏はゴキブリが出る季節
はからずもゴキブリに遭遇するとギョッとしますよね

みなさんは、ゴキブリをどう殺していますか?

私は

1 新聞紙を丸めてたたく
2 ひっくり返ったゴキブリに台所液体洗剤をかける
  (油分を分解し浸透。やがて窒息してしまう)
3 トイレットペーパーに丸め、トイレに流す
という3段階で、対処してます


ほとんど確実に、しとめることができます
しかも、洗剤をたらしたあとなので、床をついでにきれいにすることができます

ところが、先日であったお客様は80代の女性
「私、なんと1時間で31匹のゴキブリを殺したの」
というので
「ゴキブリをどうやって捕まえるのですか?」
と質問をしたら
「素手で」
と答えるので
「えっ、だって、つぶれると白い液体がでて気持ち悪いですよね」
というと
「そんなこと気にしないわ。私はとにかくゴキブリが嫌いなの」
と言われるではないか!
ゴキブリが嫌いなのに、素手でつかんで殺せるってどういうこと?!

田舎出身の頭脳明晰、元看護婦をされていたこの方
この世には強者がいるものだと、改めて感服させられました

ちなみに公団にお住まいなので、お風呂の下水から上がってくるそうです。
寝ていると、チラチラとでてきて、挑発されているようで頭にきたとか・・
人を怒らせると怖いですね
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by nobuyori_1 | 2012-08-31 05:00 | 日記 | Comments(0)

血液による出生前診断

胎児にダウン症などの染色体異常がないかどうか、妊婦の血液から99%の確率でわかるという新たな出生前診断が、国内の2つの病院で導入されることがわかった。日本ダウン症協会は、出生前診断が安易に行われることに反対している。

なぜ、日本ダウン症協会が反対するのだろうか?

現在、出生前診断として行われている羊水検査は、流産の危険性があるため、新しい診断の希望者が増えることが予想される。一方で、検査結果による人工妊娠中絶の増加も懸念され、日本ダウン症協会は出生前診断が安易に行われることに反対している。
 (日本テレビ)


このような問題は生命倫理(バイオエシックス)と言われる分野に属する問題で、誰もが関わりを持ってくる問題だから他人事ではなく身近な問題として真剣に、そして慎重に考える必要がある

医学技術が目覚しく進歩する一方、倫理が確立されていないと、技術が一人歩きをして、利潤追求のため非倫理的な目的のため人の命や身体が利用されるようになるからだ

容易にしかも危険度がなく、胎児に染色体異常があるかどうかをチェックできれば、ダウン症の子どもが人工中絶をされる可能性がより大きくなる、ということが危惧されている

問題は、人間が命を質で選別することの恐ろしさである。病人、身体・精神障害者を殺していったドイツ・ナチスでなされた「優生学」につながる恐れがあるからだ。社会的強者が社会的弱者を社会的重荷として消し去っていいくとき、この世は地獄と化すであろう。弱者が生かされる社会こそ、安心できる豊かな社会なのだから。

受精した胎児は、人権を持っている。生存権を持っている。神から与えられた命なのだ。
医者であろうと親であろうと、胎児を殺す権利はもっていない。

”ダウン症の子どもは、生まれて不幸になるなら、殺してあげたほうが子どものため”
こんな身勝手な言い分が曲がり通っている
裏に隠された動機は、自分が障害者を抱えて苦労したくない、ということではないだろうか?
この考え方は、結局、”今生きている障害を持つすべての人は不幸だから殺してあげたほうがその人のため”と言っているのと同じではなかろうか?
そういう親には自分にも少しは障害があることを、またいつでも障害者になる可能性があることを自覚して欲しい
そしてその様な子どもを愛せない心の障害者であることを自覚して欲しい

出生前診断がなされる目的は、生まれてくる子どもにふさわしい環境を整えるためでなくてはならない。
中絶の目的のためになされるようであってはならない
ダウン症であることがわかったら、親はその子が幸せに生きるための心積もりと環境を用意する。社会も用意する。その目的のためでなければならない。

その辺りが押さえられているなら、新しい検査方法も導入されることに問題はなくなるだろう。

ただ現実問題として、出生前診断が始まって以来、大きな確立でダウン症の子どもが人工中絶をされてきた現実がある。倫理規定を確立し遵守されない限り、さらに多くのダウン症の命が殺されるようになるだろう。

人間はどんなに自己中心であり、罪深いとしても、人の命を奪うようなことはしてはならない

私は2家族のダウン症の子どもを授かった若夫婦を知っているが、同じような境遇の方々の交わり・サポートを受けて他の兄弟と一緒に育てておられる。その子のゆえに特別な世界が開かれたと言って大切にしておられる

産んでも育てられない状況におられる方には、NPO団体を通して養子に出すという道がある。
世の中には障がい者をも受け入れ育てようと思っておられる夫婦がいる
だからそのような団体と連絡を取り、とにかく安心して与えられた命を産む役割を果して欲しい。
(参考 小さな命を守る会、NPOベビーライフなど)
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by nobuyori_1 | 2012-08-30 05:17 | 最近教えられたこと | Comments(0)

大恩師・イエスキリスト

自分の人生に大きな影響を与えたのは、
浅野邦章先生、長淵剛、大川従道牧師、両親、親友、教会・地域で出会った人々、そして妻

でも、影響という言葉では足りない
自分の人生を全く決定的に変えたのは、
イエス・キリスト
恩師どころではない 命の恩人、人生の恩人

聖書の中に、ヨハネによる福音書17章を読む度
イエス様がどれだけ父なる神様と親しくしておられたか、感じさせられる
一章丸ごと、イエス様の祈りが書かれている
イエス様の息吹を感じるほどだ
これほど貴重な記録はないと思う


「父よ、時が来ました(十字架にかかる時)
あなたの子があなたの栄光をあらわすように、子の栄光をあらわしてください」

「わたしのものは皆あなたのもの、あなたのものはわたしのものです」

「わたしはもうこの世にはいなくなりますが、彼ら(イエスを救い主として信じた弟子たち)はこの世に残っており、わたしはみもとに参ります。」

「天地が造られる前からわたしを愛してくださって、わたしに賜った栄光を、彼らに見させてください」


父なる神と、イエスキリストとの間で天で何がなされ、どのような関わりを持っているのか、誰も知りえない、想像もできない世界を垣間見る思いがする
神秘の世界
この祈りを通して、イエスキリストのありのままの姿を知ることができる
たとえ話などとも異なる、裸のイエスキリストの姿を

十字架にかかる前に、これだけ信じる者たちのために祈ってくれていたことを知り、改めて感動しないではいられない

「聖なる父よ、わたしに賜った御名によって彼ら(残される弟子たち)を守ってください」
「わたしは彼らのためばかりではなく、彼らの言葉を聞いてわたしを信じている人々のためにも、お願いします」

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by nobuyori_1 | 2012-08-29 07:36 | 最近受けた恵み | Comments(0)

恩師・浅野邦章先生

私の憧れだった先生がいる
今でもその先生のことを想うことがある
あれから何度夢に見たことだろう
小学校6年生の担任だった 浅野邦章(あさのくにあき)先生
浅野先生に会いたい、会って話がしたい・・・



私は東京都町田市にある鶴川第三小学校出身
小学6年生の時(昭和58年頃)、他校(どこかの島)から赴任してきた浅野邦章先生が担任となった
この先生は教育に対して真剣だった 
スリムで男前、ジャージも背広も良く似合う、独特な”気迫”を感じさせる先生だった
生徒のことを考え、授業に工夫を凝らし、本気で叱り、本気でほめてくれた 
”本物”の熱血教師だった そうはいない”大物”だった
小学生であった自分にも、私はすごい先生に当たった。自分はなんとラッキーなのだと感じていた
その1年間は特別な1年間だった、毎日学校へ行くのが楽しみだった
先生の担任する教室は、先生がしっかり指導され、平和そのもので、裏でのいじめなどもなく、安心して勉強や学校生活が送られた
先生は男性だけど魅力的でもあった
心の底では浅野先生に好かれたいと思っていた 先生の気を引きたいと一生懸命がんばっていた気がする
でも、あまりに歳も離れているし、近づきたくても近づけない高嶺の花でもあった
だから、自分がもう少し大きくなったら、先生といろんなこと語り合いたいと、そう願っていたのだが・・


私の中学時代にも会いにもいけず、そのまま先生の行方はわからなくなった
そして1995年8月16日のこと,
”ケニアのナイロビで日本人学校の浅野邦章校長(55)が強盗に襲われ射殺される。”
という新聞記事を読んで知った
先生はケニアにいたのか!
ケニアにすむ日本人の子どもたちの教育のために浅野先生は、自ら名乗り身をささげ、そこで殉職したのだった
小学校を卒業してからも何度も夢にまで見た浅野先生。もう会えなくない人となったのだ。
浅野先生の生き方、そして死に方
本気で教育に身をささげていた先生にふさわしい、生き方・死に方だったのかもしれない。
会えないことは本当に残念だ。だけど私はそんな先生の生き方を誇りにも感じている
私以上に、ご家族の悲しみはいかばかりのものか、はかり知ることができない
生徒として愛情を受けたものとして浅野先生に恥じない生き方をしなければと、思わされる

葬儀に参列したが、お焼香(私はお祈り)するだけで、浅野先生について詳しい情報を何一つ知ることができなかった
本当は奥様や娘さんにお会いして、後日先生について話を聞きに伺いたかったのだがその連絡先もまったくわからなくなってしまった。

今もネットで調べても、浅野邦章先生については、新聞記事とニュース記事しかヒットしない
あんなに素晴らしい先生だったのになぜだが不思議。私にだけ素晴らしかっただけなのだろうか?

浅野先生の奥様に感謝を伝え、また先生についての情報を教えてもらいたくて、ナイロビの日本人学校に連絡を取ってみたが、調べてみても住所や連絡先がわからなかったと返答をもらった

浅野先生はその後新島村立式根島小学校教頭として3年、忠生第四小学校の校長として3年勤務されたことを最近知った(その忠生第四小学校は今はなくなっており、誰に聞けばいいかわからない状態・・)

浅野先生のお世話になったことのある人たちはかなり存在するはず
しかもインターネットで世界中と結ばれている
ぜひ、浅野先生についてもし知っていることがあれば、または情報や思い出、写真などどんなことでも結構なので
恩師である浅野先生について少しでも教えていただけたら嬉しいです。
(写真があればメールででも と願っています)
メール(nobuyori_1@hotmail.com)かFACEBOOK(大塚信頼)、このブログにコメントでも構いません
浅野先生についての情報を持っている方、よろしくお願いします。




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by nobuyori_1 | 2012-08-28 06:09 | 日記 | Comments(10)

病気のプラス面

一家の中に病人がいるために、
家族は忍耐することを知り、
人間としての優しさを学ぶこともできるのです。
   三浦 綾子

三浦綾子さんは「病気の問屋」と言われるくらい、数多くの病気をされました。
一般的に、病気はマイナスに受け止められ、不幸とみなされますが、
綾子さんは病気のプラス面に注目しました。

私も何回も入院した経験がありますので、そのプラス面を考えてみました。
一つには、病気をしてみて「健康」であることが、当たり前のことではなく、いかに恵みであるかを発見できました。
二つ目は、病気をして医師や看護婦さんたちの献身的な働きに、深く感謝できるようになりました。
三つ目は、病気をして、自分自身の命や人生、死の問題について思いをめぐらせることができました。
四つ目は、家族や友人、教会の人々の暖かい励まし、看護、またお祈りに感謝を深めることができました。

また、家族に病人ができたとき、正直言って家族は大変な面が多くありますが、
そのことを通して、家族が団結し、忍耐を学び、できるかぎり優しい気持ちで看護しようという気持ちにさせられます。
そして、健康なときとは全く違った家族の絆を発見して驚くことがあります。

  込堂 一博著 「三浦綾子の100の遺言」より


艱難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出す
 ローマ5:3

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by nobuyori_1 | 2012-08-27 20:10 | 最近受けた恵み | Comments(0)

マンダリンハウス

家族で休暇をいただき、湯河原温泉へ1泊
以前も行って、とっても良かったマンダリンハウスというおしゃれで食事の美味しいペンションへ。

もともとマンダリンという柑橘系の木が植わっていたそうです
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中も広いダイニング ハワイアンの曲が流れ、落ち着いた雰囲気
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朝はテラスで聖書の時間
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料理が美味しいこと、雰囲気も料理も最高です
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いろんなものが置いてあります
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お風呂はうれしい貸切の露天風呂
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家族だけでの旅 娘が本当に喜んで、妻も家事を考えずに家族の団らんに集中できて、良かった
こういう時って必要なんだと感じました
広いベッドの上で追いかけっこして遊びました
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そのうち、教会員の方々もお連れしたいね。
有志たちで、ここに来たいね、と妻と構想を練っていました
湯河原温泉もあるし、いい所です


今日は湯河原海水浴場場へ
娘にとってはじめての波 第一波が来たとき
心配そうに見つめ、ドキドキ
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帰りには二ノ宮で降りて、大和教会の滝さんの家に訪問
経営しているカントリー家具店のお店の中でおしゃべりの時を
滝さん家族に出会えて良かった
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良い旅行になりました。
感謝します
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by nobuyori_1 | 2012-08-24 22:00 | 日記 | Comments(0)

手の中の鉛筆

「わたしは神様の手の中の鉛筆に過ぎません」
          マザー・テレサ

スラム街での業績が偉大な絵だとすれば、その絵を描いたのは神様であり、自分は神様の手の中にあって思いのままに動く鉛筆にすぎないというのです。
鉛筆は、画家の手に身を委ねるとき、画家の思いと力によって美しい絵を仕上げます。
それと同じで、わたしたち人間も、神様の手に身を委ねるとき、神様の思いと力によって美しい絵を仕上げることができるのです
マザーはそう固く信じていました。
神様を信じ、その手に身を委ねることこそが、彼女の力の源だったのです。

 信仰とは、神様を信じて身を委ねることに他なりません。

片柳神父



私たちはもともと鉛筆です
鉛筆は著者の手に握られてこそ、その目的を発揮します
単独ではなにもできません

神様の手に握っていただきましょう
自分の思いを超えた素晴らしいことが今日あなたの上に起こるでしょう
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by nobuyori_1 | 2012-08-24 05:58 | 最近受けた恵み | Comments(0)

恵みとは

恵み とは
十字架を思う と書く
       井上 薫

イエス・キリストが私たちの罪の身代わりに十字架にかかってくださった
それを恵み というのです
Amazing Grace(驚くばかりの恵み)です

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by nobuyori_1 | 2012-08-23 05:32 | 最近受けた恵み | Comments(0)

今日という貴重な一日

きょう一日は、あってもなくてもいいという一日ではないのです
もしも、私たちの命が明日終わるものだったら、
きょうという一日がどんなに貴重か分からない

  三浦綾子


晩年の作家の三浦綾子さんは、毎朝目が覚めると「今日は私の命日」と受け止めて
毎日毎日を、もう二度と戻らない貴重な一日として過ごされました。

昨日はもう取り戻すことができない
明日は約束されていない
私たちが持っているのは、今日という現実だけだ

だから今日という日、たとえ死んでも悔いのないよう
心して生きたいと思う

今日突然心臓疾患で手術を受けることになった40代女性のため
朝、みんなで祈りを捧げた
私たちは若くても、いつ突然どのようなことがあるかはわからないのだから
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by nobuyori_1 | 2012-08-21 21:12 | 三浦綾子語録 | Comments(0)

天理教の施設が大変身

京都府京田辺市にある天理教の大施設がキリスト教会に生まれ変わった。3月20日に献堂式を行った単立・京都シオンの丘キリスト教会(旧宇治福音教会=後藤利昭牧師)は、改装を終え、大屋根に十字架を掲げて新しい土地でのスタートを祈った。
 京田辺市の木津川のそば、小高い丘に建つ大会堂は、敷地2千164坪もある、ちょっとした音楽ホールのような趣を持つ美しい建物だ。本館と教育館、牧師館の3棟からなり、駐車場は50台というから、外周りも実に広い。
 正面玄関を入ると、これまたゆったりとした明るいロビー。2階の礼拝堂は元は天理教の祭壇が置かれた修養場のような場所だったが、光をいっぱい採り入れたオープンな大礼拝堂に変身した。300人近く収容可能だ。裏に回ると礼拝堂を半分囲むようなスペースが設けられて、後藤牧師はここを近隣の教会の人も使える、24時間365日いつでも祈れる祈祷室にしたいと望んでいる。
 教育館は元は宿泊棟だったため、キッチンやバスルームが完備されている。1階は教会学校に使い、2階は黙想の部屋や宿泊室にする。畳敷きの小礼拝室もある。裏庭には遊具が備わっているので、昔のように再び幼稚園を開きたいと、恵まれた広さと設備の中で夢は広がる。
 教会では8年前から委員会を作って新会堂を検討してきた。2年前に築16年の天理教会が空いているという情報を入手。何年も空き家だったため傷みが目立ち、周りは草や竹が繁り放題。それでも建物はしっかりとしていて、なにより大きい!
後藤牧師がまず思ったのは「我々には大きすぎる」ということだったが、祈りの中で突然「ほしい!」と言う思いが与えられた。ここからがスタートだった。
 元は23億円もの物件。それが改装費込みで2億足らずで購入できた。元天理教会でも抵抗はなかった。聖別式もきっちりやった。
 契約後もっとも神経を使ったのは自治会など地域との話し合いだった。ここは市街化調整区域で、府の認可を得るために地域の同意書が必要だったのだ。無事に同意書をもらって、改装後の内覧会は地域の人たちを招いた。これからコンサートや文化教室などを開いて、地域に根差した活動を展開していきたいと後藤牧師。
 「これから日本の経済構造が変わっていく中で、このように大きな場所がキリスト教会に与えられるということが、日本中どこでも起こるようになると思います。不思議な神の働きの中で、土地建物が教会に開かれていくのです。ここは神様の憐れみによって与えられた会堂。ぜひ他の教会にシェアしていきたい。たくさんの方にいろいろな形で神様と交われる場として使ってもらえたらと願っています」

 クリスチャン新聞


実は、うわさに聞いていたその牧師に先日出会えた
ユースキャンプで同室の先生がその人物だったからびっくり

内情を聞けば、東京の天理教の教会が修養施設として建てた京都の建物が、教会員が高齢化して移動も難しくなり、東京で修養会を持つようになったので、今回手放したということでした

お寺が教会になったり、神社が売りに出されたり、そういうことは高齢者時代、後継者問題などもからみいあり得ることで、チャンスは転がってくる 
ヨーロッパでは教会堂が逆に売りにだされているというのだから悲しくなる が、立場が違うだけで同じことでもあります

あんな大きな敷地のある教会ができたらいいな
こんな自然のある落ち着いた教会ができたらいいな
お寺や神社をめぐって、そう感じることがありました

だから大切なのは大きな夢、ビジョンを描いておくことだと感じました
実際にそれに踏み出した先生に直に出会えて、大きな刺激を受けました
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by nobuyori_1 | 2012-08-21 21:07 | 日記 | Comments(0)