大塚信頼のブログ


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修善寺・虹の郷

まるで外国にいるみたい!
伊豆の修善寺・虹の里(さと)は、入ったとたん、別世界でした。
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100mのローラーすべり台にも挑戦しましたが、かなり迫力ありましたよ。
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100m、かなりありますが、足でブレーキしてスピード調節できるので、大丈夫でした。
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修善寺、虹の郷 本当にいいところですね。
地元の人しかしらないのかな。
もったいない!
ディズニーランドより広く、とうてい1日ではまわりきれないので、何日か連続で泊りできたいです。
パスポートは夏休み中、何回でも出入りできるんです。
お花も季節ごとにきれい咲くそうです。
秋の紅葉を観に来てみたいな~。




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by nobuyori_1 | 2016-08-27 21:38 | 日記 | Comments(0)

初めてのSL体験

西伊豆で、小さな子供に良いスポットを訪ねると、「修善寺・虹の郷(さと)」を勧められました。
さっそく行ってみると、山の頂上と思われる高台に広大な、公園のような施設がありました。

イギリスの国、カナダの国・・など、いろんな国のエリアがあり、車やおもちゃがあったりする。
まるでその国に来たような大きな素敵な庭園や建物が建っている。
中でも一番良かったのは、本物の蒸気機関車に乗れたことです。

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駅も素敵なんですよ。銀河鉄道を思わせるような感じ。
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橋や踏切の前で、必ず鳴らす汽笛。
あの蒸気と振動・・・忘れられない感動です。

機関車トーマスがリアルに感じられるようになりました。

小さなお子様のいる方には伊豆のお勧めのスポットです。



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by nobuyori_1 | 2016-08-27 21:22 | 日記 | Comments(0)
兄に、人工のビーチで遠浅で波がなく、砂がきれいなビーチがあると教えてもらい行ってきました。
西伊豆の「らららサンビーチ」です。

ご覧のとおり、かなり奥まで浅く、波がほとんどなく、小さな子どもがたくさんいる珍しいビーチです。
波がないので本当に海水?かと思ってなめてみたら、しょっぱかった。
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ほとんどプール状態で楽しめるのが「らららサンビーチ」です。

砕けた小さな貝がたくさんありました。
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砂遊びもできる、細かく痛くない砂です。
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人工湾だけあって、よくできているなと感じました。
安心して遊べるビーチとしては、幼児のいる家族には結構お勧めです。
一度行ってみる価値はあると思います。

ただ西伊豆も、東伊豆のように南に下るととっても深い。距離はそれなりにありましたけどね。


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by nobuyori_1 | 2016-08-27 21:06 | 日記 | Comments(0)

排他主義なキリスト教

先日、電気屋で出会ったあるご婦人がこう言われた。
「一神教は排他的で戦争ばかりしているから、私は多神教の方が寛容で優れていると思っている」
近年、よく耳にするこの論。果たして正しいのだろうか?
ある著名な仏教徒の一方的な一神教批判の受け売りにも聞こえなくもない。

多神教同士でも争いをしてきた歴史をみれば、そんな単純なことはいえないことがわかる。

同じ宗教の中でも宗派間の争いがあるのはなぜだろう。

問題は、「一神教だから」、ということではなく「排他主義」にあるのではないだろうか。
同じ宗教(宗派)を信じる者だけを肯定して、他宗教(多宗派)の人を否定すれば、一神教であれ多神教であれ、問題を起こすだろう。


私個人は、日本においてキリスト教のプロテスタントの教会で信仰を持ったが、改めて考えてみると、戦後欧米から日本に持ち込まれたプロテスタントのキリスト教は、排他主義的な色が強いと感じている。
日本において、他宗教に対して否定から入る体質、アプローチ法が本当によくないと感じている。
そのような性格が、真理よりも和を尊ぶ日本人にとって、キリスト教が門前払いされることの原因となっているのだろう。
真理には排他性が伴う。
しかし、神はすべての人を愛しておられるのであり、人を信仰心によって分け隔てするように教えてはいない。
他宗教や宗教心や宗教を求めてやまない人間の心の起源や存在については、聖書を知る者こそ、深く理解できるはずである。
そのような立場に立つなら、もっと余裕をもって他宗教や他宗教の方と接することができるようになるだろう。
偶像礼拝をしてはならないと自衛的になるのではなく、自らの信仰の確信に立っているならもっとおおらかかに、愛をもって他者の立場に立ち、キリスト者の自由をもって振る舞うことができるだろう。
それでこそ、キリスト教は日本において良い評判を受けるようになるだろう。
その辺りを革命したい。

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聖書を正しく読めば、聖書は排他主義ではなく、「普遍主義」である。
「普遍主義」とは、神はすべての人を造られ、愛し、生かしておられるということである。神は万人の救いを願い、救いの業をなされたということである。私たちに分け隔てなく愛するように呼び掛けておられるということである。つまり、聖書の神は一部の人だけでなく、すべての人とつながっている神であるということである。

世界を創造された神こそ普遍主義であり、イエスキリストこそ普遍主義を説かれ、生きた方である。

導入で引用した言葉は、排他主義に対する批判であると受け止める。
それに対して、私はキリスト教の中にも存在する排他主義について反省をしながら、普遍主義のキリスト教を聖書の教えとして説きたいと思う。


一神教は排他的だと悪口を言われるようではなく、一神教こそ理解あるすばらしい人だと言われるようでありたいと思う。


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by nobuyori_1 | 2016-08-20 08:04 | 最近教えられたこと | Comments(0)