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「子ども=純真」?

 あんなに無邪気だった子供が
 いつの間にか邪気が入ってきて
 いつの間にかジャキジャキになってしまう

愛する汚れのない子どもがいつの間にか反抗的になり、
変わっていく姿を嘆いた親のことばである

「子供の気持ちが分かる本」(斉藤茂太著)から教えられることは多い

こどもというものは、本当にかわいい
見ているだけでかわいい
そして私たちはこどものかわいらしさのゆえに、こどもは純真だというイメージをもちやすい
子供は大人のような汚れを知らない無垢な存在だと
こんなにかわいいのだから、大人のように邪念があり、欲があり、いやらしい存在であるはずがないと

しかし、私たちは子どものかわいさに目がくらまされていないだろうか
子供は本当に純真なのだろうか?と著者は問いかける

 二人の幼児がいると、上の子は必ずと言っていいほど
 下の子をいじめの対象とします
 眠っている下のこの頬をたたいたり、
 鼻をつまんで泣き出すのを楽しむようなところがあります
 しかも、親の目を盗んで、下の子をいじめるという
 ずるがしこさを発揮します
 力の強いものが弱いものに乱暴するという弱肉強食の社会と
 さほど変わらない構造です
 しかも、自分より力の強い親の目を盗んで
 力を誇示するずるさです・・
 このような存在の子供を「純真」といって言いのでしょうか。・・・

結論として

 子供は清、大人は濁という考え方は間違っている
 人間の成長が「清」から「濁」への過程であるという考え方も間違っている
 子供は「清」も「濁」も含めた色々な要素を持って生まれてくる
 ーという視点が正しいように思えます、とのことである

子どもは確かにかわいい
だが、子どもも大人同様、清と濁の部分を併せ持った存在であることを
理解することは大切なことですね
# by nobuyori_1 | 2010-04-29 21:48 | Comments(0)

考古学

 「うちの主人は私が齢をとればとるほど私に興味を持ってくれるの」
 「いいわね。で、あなたのご主人のお仕事は何だっけ?」
 「考古学者」

今日お伺いしたお客さんのうち
帰り際、玄関にあった土器に注目
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あまりの美しさにドキッ!(ごめんなさい)
その奥さんが、写真を観て縄文時代の土器をまねて再現したものだとか
新潟付近からでる土器のデザイン 立体的で立派な模様
右は野焼きで800度で焼いたもの
当時は野焼きで作った 水を入れるとしみこんでしまう

左はかまで1200度で焼いたもの
水はしみこまない 色も黒っぽく、たたいた音も硬くいい音

「これ、下手に捨てられないね。後の人が発掘して、
最近まで縄文式土器が使われてたなんてこといわれかねないね」
と私の父
「そうなんです。だから捨てるときはよっぽど小さく砕かないといけないといわれてるんです」
と奥様
「それでも、拾って再現してしまうかもね。作った日付と作者の名前をかいとかなきゃね」・・
面白い会話だなと思いながら聞いていた

そうそう、イスラエルで毎年発掘調査がなされている
聖書の時代をより深く知ろうと、世界中の学者たちが今も研究している
発掘を手伝う人は、無料で向こうで過ごせるとか
行ってみるといいと以前神学校で勧められた事がありました

何でも、考古学って聖書にある出来事を確認し、研究するため発達したと聞いたことがある
旧約聖書時代のエリコの町や城壁もでてきている、崩された跡も確認できるという
発掘調査もロマンがあって面白そうだな
# by nobuyori_1 | 2010-04-28 23:29 | 電気屋物語 | Comments(0)

造形の神

 自然の造形に直線はない
 山も川も木の葉も雲も、ことごとく曲線である
 造形の神は定規を持たなかったようだ
 それに比べ、人間が作ったものは直線に満ちている
 人間の英知は、二点を結ぶ最短距離である直線を発見したことかもしれない

礼拝で新聞の「天声人語」からそんなことが語られ、今日じっくり職場の隣にある八重桜を眺めてみた
c0193512_21105379.jpg

確かに直線がない
立体であり、曲線ばかりでよく形をなしているな
小さなつぼみに折りたたむようにこんな素敵な形と色をした花びらがおさめられているなんて
神は立体作品の芸術家だな
とてもこんな立体的で曲線的な入り組んだデザインを私は考えつくすことができない
神様って凄いデザイナーだなあ
そう感じた

 人生は二点を結ぶ最短距離のようなものではない
 二点の間をグニャグニャとあっちいったりこっちいったり回り道してぐるぐるするのが人生
 しかしすべてのものを神は用いられる

そう礼拝で聞いて、とってもとっても励まされた私でした
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八重桜って神様が造られた花束、ブーケのようだな・・
そう見とれていると、通り過ぎた見知らぬご婦人が私に
「気落ちした時、静かな夜、この幹に耳を当ててごらん。木が水を吸い込む音がするの。
木が生きて呼吸するのが聞こえるようで、いやされるの」
と語りかけていかれた。
「そうですか、やってみます」と答えた

こんど幹に耳をつけてみようっと
# by nobuyori_1 | 2010-04-26 21:23 | Comments(0)

一緒に生きる

美味しい店はたくさんある
安い値段で食べられる

欲しいものも安くは手に入る
家電量販店、インターネット、100円ショップ、リサイクルショップ、オークション・・

町は綺麗に整備され、便利な交通手段
家も綺麗、空調も完備

安く旅行も楽しめる
一日バスツアー、格安海外旅行・・・

日本は見たところ豊かになった
快適な空間がある
楽しませてくれるものがかなりある
現代人を見ていると人生を楽しんでいるように見える

だけどその反面、孤独を感じている人も少なくないようだ
無縁社会・・・人と人のつながりが益々希薄になっている
文明は、煩わしい人間関係をもたなくても生きていけるようますます進んでいく

でもやっぱり、人は人との触れ合いの中で生き生きとされるんだなってことを毎週、教会で実感する
いや、神との触れ合う中にこそ真の満足がある

 人は愛されることで充足し、愛することで満足を覚える

教会はコミュニティの中のコミュニティ
世代を超え、職業や趣味を越え、不思議なように集まって、真の満足を覚える場所

明日、皆さんとお会いできること、楽しみにしています
# by nobuyori_1 | 2010-04-23 22:39 | Comments(2)

何のために生きるのか

 私たちのうち、誰一人として望んで生まれてきた人はいない
 だから、何のために生きているか分からずに生きている

何のために生きなければいけないのか
何のために生まれてきたのか
こんなことさえわからないまま、死ぬまで生きなければならないのか
1+1のl答えよりももっと人間として根本的な答えを私たちは持ち合わせていない

ある人はそれを知らなければ生きていけない
ある人は、考えることをあきらめている
ある人は、そんなこと考えもしない 
目先の刺激を追い求め「楽しければいいじゃないか」と刹那的に生きる人
とりあえずの目標達成に夢中になって考えようとしない人
どちらもその答えを持っていない点では同じこと

人間として当たり前の疑問、問いかけである
考えないこと自体がおかしいのかもしれない
とかく人間は順境にあるとき考えないものだ。逆境に身を置かれた時、嫌でもこの問いかけが脳裏に湧いてくる

その解答を得た者だけが、真に生きることができるのだろう

人間の生かされている目的を教えてくれるものは、道徳でも、人格修養でも、科学でも、心理学でも、自己啓発でもない
それらのものはなぜ人は生きているのか、人生の目的を教えはしない
それは宗教の役割である
宗教ならどれでもいいのでもない 
人間を造られた創造者が書かれた世界のベストセラー・聖書だけがその疑問に対する明確な答えを持っている


今度のニックブイチチ特別礼拝、ニックさんもそのような答えを見出した人物である
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彼の話を通し、解答を見出してくださいますように・・・

今度の礼拝午後2時20分より、ニックさんの講演の映像を上映します
大人も若者も子供も一緒にどうぞ
# by nobuyori_1 | 2010-04-23 07:08 | Comments(6)